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 弁護士の小野寺信勝です。
 「植村訴訟」の判決は、不当判決と言うほかありません。しかし、札幌地裁は「捏造」が真実とは認定しませんでした。その判決のポイントについて、「週刊金曜日」(2018年11月23日・1210号)に掲載した解説を全文ご紹介いたします。

 櫻井よしこは氏はなぜ免責されたのか
 札幌地裁、「捏造」が真実とは認定せず/植村氏や『朝日』に取材せず批判した櫻井氏

 不当判決と言うほかない。11月9日、元『朝日新聞』記者の植村隆氏が、自身の書いた元「慰安婦」の証言記事を「捏造」と繰り返し非難する櫻井よしこ氏及び『週刊新潮』、『週刊ダイヤモンド』、『WiLL』を発行する出版3社に損害賠償や謝罪広告等を求めた名誉毀損裁判で、札幌地裁(岡山忠広裁判長)は植村氏の請求を全て棄却したのだ。櫻井氏が植村氏による「慰安婦」報道の「捏造」を信じてもやむを得ないことが理由であった。
 植村氏は1991年に元慰安婦である金学順氏の証言を記事にした。櫻井氏はこの記事が「捏造」であると攻撃してきた。櫻井氏の言説の一部を紹介する。

 「過去、現在、未来にわたって日本国と日本人の名誉を著しく傷付ける彼らの宣伝はしかし、日本人による『従軍慰安婦』捏造記事がそもそもの出発点になっている」「植村隆氏の署名入り記事である」(雑誌WiLL2014年4月号)
 「植村氏は金氏が女子挺身隊として連行された女性たちの生き残りの一人だと書いた。一人の女性の人生話として書いたこの記事は挺身隊と慰安婦は同じだったか否かという一般論次元の問題ではなく、明確な捏造記事である」(2014年10月23日週刊新潮)


 ところで、なぜ櫻井氏は植村氏の記事を「捏造」と断定するのか。その出発点となったのが1991年8月11日付朝日新聞大阪版の以下の記事である。
 思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く 【ソウル10日=植村隆】日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。」(1991年8月11日朝日新聞大阪版社会面1面)
 これが「捏造」批判の対象となっている記事の一つである。その主な論拠は、勤労動員する「女子挺身隊」と無関係の日本軍「慰安婦」とを意図的に混同させて日本が強制連行したかのような記事にしたというものである。また、植村氏の妻が韓国の太平洋戦争犠牲者遺族者の常任理事の娘であることがその動機とされた。櫻井氏はこの論拠に加えて、金学順氏は継父に人身売買により慰安婦にさせられたが、これを報じなかったとして、植村氏を攻撃し続けた。

■ 社会的評価低下させた
 しかしながら、植村氏が記事を書いた当時、韓国では「挺身隊」という言葉は「慰安婦」を意味し、日本のメディアもそれを踏襲していた。『朝日新聞』だけでなく、『読売新聞』、『産経新聞』などの他紙も「慰安婦」のことを「挺身隊」と表記していたのである。
 過去の「慰安婦」報道を調べれば植村批判に根拠がないことがわかるはずであるし、せいぜい言葉遣いという枝葉の問題に過ぎない。また、親族関係を以て捏造の動機とすることは邪推という他ない。
 ところで、名誉毀損裁判では、(1)ある表現が対象者の社会的評価を低下させたか、(2)社会的評価を低下させたとしても表現者を免責すべき事情があるか、という2段階の枠組で判断される。そして、(2)は、表現が真実であるか、真実と信じてもやむを得えない場合に免責されることになる(前者を真実性、後者を真実相当性という。なお、真実相当性は正確には「真実と信じるにつき、相当の理由がある」と表現されるが、わかりやすさの点から「信じてもやむを得ない」として紹介している。また、他にも公共性、目的の公益性が必要だがここでは割愛する)。
 判決は、櫻井氏が植村氏の「社会的評価を低下させ」たことは認定した。そして、植村氏が「金学順氏が継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」ことは「真実であると認めることは困難である」と認定した。つまり、裁判所は植村氏の「慰安婦」報道の「捏造」が真実とは認定しなかった。ここまでは弁護団の主張が認定された。
 ところが、櫻井氏は、植村氏が金学順氏が継父により人身売買されて「慰安婦」になった経緯を知りながら報じなかったと信じてもやむを得ないと判断した。

■ 理由を示さず肯定
 裁判所がその根拠にした主な証拠は次の3つである。『ハンギョレ新聞』1991年8月15日付、1991年12月6日に金学順氏が日本政府に戦後補償を求めた訴状、『月刊宝石』1992年2月号に掲載された臼杵敬子氏の論文「もう一つの太平洋戦争」である。
 しかし、裁判を進める中で櫻井氏はこれらを誤引用し、恣意的評価を加えていた事ことが明らかになった。
 櫻井氏は金学順氏の訴状を根拠に植村氏の「慰安婦」報道を非難してきた。2014年3月3日の産経新聞に「真実ゆがめる朝日報道」と題したコラムを発表し、「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」にも関わらず、「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていないと非難した。しかし、訴状には櫻井氏が引用する記載は一切ない。彼女は書かれていない事実を引用して植村氏による「慰安婦」報道の捏造を強調したのである。
 また、『ハンギョレ新聞』には「14歳の時に平壌にあった検番に売られていった」とあり、日本軍に売られたという記載はない。記事には続きがある。「私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」つまり、強制連行の被害者として報じていた。前記臼杵論文に至っては、金学順氏が日本軍人に売られた記載がないだけでなく、より詳細に強制連行の場面を報じているのである。「養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです」「私とエミ子は軍用トラックで、ついたところが『北支カッカ県テッペキチン』だった」「将校が私を小さな部屋に連れて行き、服を脱げと命令したのです」
 これらの証拠はどこにも金学順氏が人身売買により「慰安婦」になったとは書かれていない。そればかりか櫻井氏により恣意的に評価されてきたものばかりだ。ところが、裁判所は理由を示すことなく、これらの証拠の援用に正確性が欠ける点があっても相当性を欠くとは言えないと真実相当性を肯定してしまった。
 また、植村氏が慰安婦と無関係な女子挺身隊とを結びつけて金学順氏を強制連行の被害者として報じたことについては、前記のとおり日本国内の報道で慰安婦を意味するものとして「女子挺身隊」という用語が用いられていたことは問題でないとし、真実相当性を認めてしまった。

■ 杜撰な調査を無批判に
 加えて、植村氏の妻が太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事の娘であり、金学順氏を含む同遺族会会員が1991年に日本政府を提訴したとして、植村氏が敢えて事実と異なる記事を執筆したと信じたことに相当の理由があるとした。言うまでもなく記事の捏造は記者の重大な職業倫理違反であり、自殺行為である。それほど記者にとって捏造は重い行為である。それを姻族関係を主な理由として、敢えて事実と異なる記事を書いたと信じてもやむをえないと判断することは論理の飛躍である。
 本来、真実相当性が肯定されるためには、「信頼するに足りる合理的な資料に基づき、相当な根拠があると判断するに足りる客観的状況」の存在が必要である。また、ここでいう合理的資料は、1991年当時ではなく、櫻井氏がコラムなどを執筆した2014年当時の合理的資料により判断されなければならない。
 櫻井氏は1991年当時の資料だけを、かつ歪曲した評価を加えて、植村捏造説を喧伝した。さらに、何より記事執筆にあたって植村氏はもとより、金学順氏を始めとする元慰安婦、朝日新聞等に一切の取材を行っていない。何より彼女は言論に責任を負うべきジャーナリストを自称している。このような杜撰な事実調査を無批判に受け入れ櫻井氏を免責させることは承服できない。弁護団はこの不当判決に控訴して、植村氏の名誉回復のために徹底的に闘う。

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