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 弁護士の池田賢太です。
 今年の8月に、先に受けていた960名からの大量懲戒請求のうち、道内在住者52名に対して、私自身が原告として損害賠償請求を提起しました。去る12月23日、第1回目の口頭弁論期日が開かれました。

 今回の大量懲戒請求に対しては、言いたいことはたくさんありますが、期日で原告3名を代表して意見陳述を行いました。以下はその時の原稿です。少し長いものですが、ご一読いただけると幸いです。
 また、機会を見て、私たちの被害についてもお話ししたいと思います。
 次回の期日は、2020年3月16日午前11時から札幌地裁805号法廷です。傍聴支援はお願いしていますが、二次被害の可能性も否定できませんので、各自のご判断でお願いしています。

〔以下、意見陳述全文〕

原告 池田賢太

第1 はじめに
 私は、つい先日、弁護士として8年目を終え、9年目に入った。
 この間、必ずしもまじめな弁護士ではなかったと思う。しかし、弁護士法1条の基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命を実現すべく、個別の業務はもちろん、それ以外の社会的活動にも従事してきたつもりである。
 今般、すでに報道等もなされている通り、私たちは、濫用的な大量懲戒請求を受けた。このことは、弁護士としての私の活動に対する攻撃のみならず、それに伴う雑務の増加ばかりか、平穏な日常生活に対する攻撃でもあった。

第2 懲戒理由の不存在とその背後にある人種差別
 1 今回、提訴の契機となった大量懲戒請求は、次のようなものである。

 「日本弁護士連合会会長 中本和洋名で発出された、違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同し、その要求活動の実現を推進する行為は、傘下弁護士の確信犯的犯罪行為である」
「また、任意団体「Counter-Racist Action Collective」(対レイシスト行動集団。「C.R.A.C.」のツイッター・ジャパンに対する通知書代理人については国際テロリストとして告発されている弁護士が含まれており、公序良俗に反する品行のみならず、テロ等準備罪に抵触する可能性まであると思量する。」
  
 そもそも、日本語として成立しているかどうかはさておくとして、前段については、会長声明が発せられたこと、その声明に明示的あるいは黙示的に賛同したことが、何故私たちが確信犯的犯罪行為をしたということになるのか全く不明である。後段については、C.R.A.C.の相代理人に国際テロリストとして告発されている弁護士が含まれていることを非難していると解されるが、相代理人が告発されているかどうかは不知であるし、それがいかなる意味でテロ等準備罪に抵触するというのであろう。全く理由のない懲戒請求であることは、一般人をして理解可能なことである。

 2 問題は、本件大量懲戒請求が、「余命三年時事日記」という差別煽動ブログの呼びかけに呼応してなされたものであるという点である。
 個別事件の弁護方針に対して、マスメディアを通じて大量懲戒請求が煽動された例とは異なり、本件大量懲戒請求の背後には、主として在日コリアンに対する敵対的差別煽動がある。これは、訴状で引用している限りでも明らかなとおり、余命三年時事日記は、ブログ主による一方的な書き込みではなく、ブログ主と読者のコメントの応酬という形で人種差別煽動記事が作られている。このブログはいわば、人種差別のプラットフォームとしての役割を果たしており、かかるブログで、大量懲戒請求が煽動されたのである。ブログ主は明確に人種差別煽動を意図しており、被告らをはじめとするブログ読者らは意識的かどうかはともかく人種差別に親和的な価値観を有していたことは明らかである。

 3 その後、東京等で同種の大量懲戒請求に対する損害賠償請求訴訟が提起されたことを受け、私は懲戒請求を行った960名のうち数人から謝罪の手紙を受け取った。そこに記載されていたのは、ブログに扇動されて行ってしまったという、形式的な謝罪であった。これらの謝罪は、自らの行った行為の意図を正解しないものであり、私は怒りと共に、内なる差別意識に対する無関心に愕然とした。
 そこで、謝罪文の差出主に手紙を書き、その内容は私のフェイスブックで公開した。この手紙には、何故私がこの大量懲戒請求に人種差別的意図を見出したかという点について記載をした。私たちの社会は、その自由性において平等であるという前提を基に成り立っている。大量懲戒請求の前段は、意見表明の形を取りつつ、在日コリアンとして生まれた子の学習権を奪い、私たちの社会の中に差別の対象となる人々をつくり出すことにあるという指摘である。私の主張は、幸い、多くの方から共感的な反応を得た。私は非常に安どした。いま、私たちの社会の中は排外主義が横行している。その中で、本件大量懲戒請求の本質は人種差別であることを共感できる社会の素地が残っていることを実感できたからである。
 4 私は、いくつかのメディアを通じて私の受けた被害と、その根底にある差別について話す機会を得た。おそらく、被告らの中にもその報道に触れた者がいるのではないかと思う。しかしながら、本日に至るまで、被告らの中から謝罪を申し出てきたのは、提訴後に一人のみである。
 社会心理学あるいは災害心理学の分野では、「正常性バイアス」という概念がある。これは、異常事態にあっても異常を認めず、平静を保とうとする心理状態をいう。大規模な災害が発生している時にも、「まだ大丈夫」と思い込むことで避難が遅れてしまう心理状況を示す概念である。被告らは、ブログによる煽動の中で、この正常性バイアスに陥っているのではなかろうか。なにより、余命三年時事日記によって煽動された大量懲戒請求が非難されているのに、なお同ブログにすがり定型文書でこの訴訟を乗り切ろうとしている多くの被告らの行動がそれを示しているように思われる。
 いま、私たちの社会は、差別を拒否し、根絶するための大きなうねりの中にある。にもかかわらず、被告らの態度は、自らの差別親和的な感覚に固執し、反省すべきものを見失っているように思えてならないのである。

第3 本件の審理において裁判所に望むこと
 私は、この社会の基盤は、先に述べた通り、人間はその自由性において平等であるという概念だと思う。だからこそ、一人ひとりが等しく価値ある命として尊重されなければならない。日本国憲法では、その13条において、「すべて国民は個人として尊重される。」という一文を置き、個人主義を明らかにする。もっとも、日本国憲法13条の英文は、「All of the people shall be respected as individuals.」であり、個人として尊重されるべきは日本国民にとどまらない。基本的人権の享有は、人間が人間として生まれたことを唯一の条件とするのであるから当然すぎるほどに当然のことである。
 弁護士法1条が定める使命は、人種や出自に関係なく、一人ひとりが個人として尊重される社会の実現であろうと確信する。私は、弁護士として、またこの社会の構成員の一人として、一人ひとりが尊重される社会を実現するために、この訴訟の提起を決意した。
 裁判所が、大量懲戒請求の背後に人種差別目的が存在したことを正しく認定されることを強く望むものである。

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