弁護士の小野寺信勝です。
■ STVの一時金申請報道問題がBPOの審理入り
札幌テレビ放送(STV)の記者が旧優生保護法の被害者の小島喜久夫さん(78歳)に対して一時金を申請するように直接働きかけた問題について、本年12月17日、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会が審理入りを決定しました。
■ 一時金支給法の成立と弁護団の方針
今年4月24日に旧優生保護法の被害者に対して、一時金を支給する法律が成立、公布・施行されました。この法律は同法に基づき不妊手術を受けさせられた被害者を対象に、国が一律320万円の一時金を支給することとされました。この法律に対しては、弁護団及び被害者団体は救済内容の不充分さや国の謝罪が明記されていないことなどを批判してきました。
小島さんは一時金支給法に批判的な意見を持っていたことに加えて、裁判と一時金との関係が整理されていないこと、不妊手術の記録が残っていないために認定が不透明であることから、弁護団は当面、一時金申請の運用を見守ることを考えていました。
■ STVの働きかけで一時金を申請
ところが、小島さんはSTVの記者の働きかけによって一時金申請を行いました。小島さんが一時金申請をした経緯は、小島さんとSTVとの主張に食い違いがあります。この点はBPOの審理に委ねることにしますが、次の事実に争いはありません。
・一時金支給法が施行された翌日の4月25日、STVの記者が小島さんに電話をし、一時金申請しないのかと質問したこと、この時点で小島さんに一時金申請の意思はなかったこと。
・一時金申請書は当該記者がプリントアウトして準備したこと
・当該記者は小島さんに、一時金申請にあたって必要な通帳、障がい者手帳、印鑑を準備するよう伝えたこと
・当該記者は一時金申請にあたり弁護団に相談や報告を促すことはなかったこと
・当該記者は小島さんにカメラの前で一時金申請書に記入させたこと
・当該記者は小島さんをタクシーで道庁まで連れて行き、小島さんはそのまま一時金申請の書類を道に提出したこと
・当該記者は事前にも事後にも弁護団に小島さんの一時金申請について問い合わせなどの連絡をしなかったこと(一時金申請は弁護団に無断であったこと)
仮にSTVの主張に立ったとしても、私たち弁護団は当該記者の取材方法は小島さんが弁護士の法的援助を受ける権利・利益を侵害し、放送倫理に違反するものと考えています。
■ 一時金申請と訴訟への影響
さきほど述べたとおり、小島さんの手術記録は北海道にも医療機関にも残っていないため、本人や関係者の陳述、医師の診断などで立証する必要があります。そのため弁護団は小島さんの立証の準備を進めており、仮に小島さんが一時金申請をする場合には訴訟上の証拠を利用することを検討していました。
ところが、STVが小島さんに準備させたものは診断書だけであり、弁護団が想定する立証には遙かに届かないものでした。確かに、一時金支給法は「明らかに不合理でなく、一応確からしい」ことを認定基準にしているため、訴訟よりも立証の程度は低いもので足りる可能性はあります。
しかし、これまでの一時金認定審査会の議事要旨を見ると、7月〜10月までに236件が審査されていますが、認定件数は195件に留まっています。このような運用実績に照らして、STVが準備させた診断書で一時金申請が問題なく通るとは断言することなどできるはずがありません。
もし一時金申請が棄却された場合には、訴訟上も立証の点で悪影響を与えることは明らかですし、一時金が支給されたとしても、訴訟と一時金の関係(賠償額から控除されるかなど)は十分に検討がされていませんでした。いずれにせよ一時金申請が訴訟に影響を与えることは明らかでした。
■ 取材手法と番組基準
当該記者は旧優生保護法の問題を「熱心」に取材していました。当該記者は一時金申請に弁護団や被害者団体が批判的な意見を持っていることや、訴訟に影響を与える可能性を十分に知っていました(もし知らなかったと言うならよほど見識不足です)。ですから、当然に被害者が弁護士の助言・援助を得る重要性も認識していたのだと思います。穿った見方をすれば、弁護団に問い合わせると一時金申請ができず、小島さんが一時金申請をしたという「スクープ」を逃すと考えたとすら思えるのです。
また、STVは番組基準の中で「国の機関が審理している問題については慎重に取り扱い、係争中の問題はその審理を妨げないよう注意する」と定めています。STVが小島さんに一時金を申請させた事は自身が定める基準にも違反しています。
■ 被害者の「同意」と「真意」
今回のSTVの問題について、私は次のように考えています。
報道は日々動くニュースを扱いますから、時に誤報や取材手法に行き過ぎがあったとしても責められないと思っています。ですから、STVの報道は非常に腹立たしいですが、その一方で、やむを得ないことだという思いもある訳です。
私たちにとっても優生保護法の被害者に焦点を当てた報道をしていただけることはとても意義深いことですし、STVが今後は被害者に寄り添った報道をしていただけるなら今でも最大限協力したいと思っています。
しかし、STVは頑なに非を認めていません。STVは「正確で公正な取材をしており、小島さんの真意に反する申請をさせた事実はない」とコメントしました。私は安易に「小島さんの真意」という言葉を使うことに少なからずショックを受けています。
優生保護法の被害者は、障がい者は子どもを育てられないなど「本人のため」に不妊手術をさせられてきました。その多くは本人の「同意」によるものです。言うまでもなくこの「同意」は本人の真意ではありません。
ところが、STVは一時金申請を本人の「真意」だと断言しました。私には優生保護法の被害者が「同意」によって不妊手術を受けた歴史と、一時金申請を本人の「真意」だと言って救済を押しつける姿勢とは、重なっているように思えてなりません。少なくとも優生保護法に関わる者は「同意」「真意」という言葉には慎重になるべきだと思います。
STVにはBPOに申し立てる前に何度も話し合いによる解決の機会を提供してきました。
STVが自己の取材手法を真摯に顧みることができていれば、本来はBPOに審理入りする案件ではありません。STVがこれまで優生保護法の報道に力を入れていたのは何故でしょうか。本件ではSTVが報道機関としてどこに視線を置いているかが問われているのだと思います。STVには襟を正し、これからは小島さんはじめ優生保護法の被害者に寄り添う報道機関に生まれ変わることを期待します。
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