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知的障害を理由に、優生保護法という法律によって妊娠中絶手術と子どもを持てなくする手術をさせられた女性とその夫が、謝罪と被害回復を求める訴訟を提起しました。
2018年11月12日、第1回口頭弁論で、弁護団事務局長の小野寺信勝が意見陳述をしましたので、全文をご紹介いたします。

1 この裁判では、知的障害を理由に、優生保護法という法律によって妊娠中絶手術と子どもを持てなくする手術をさせられた女性とその夫が、謝罪と被害回復を求めています。ご夫婦は優生保護法によって人生を翻弄され、深く傷付けられました。

まず、ご夫婦がどのような被害を受けて、苦しんできたのか、説明します。なお、原告夫婦は匿名での裁判を希望していることから、夫婦を男性原告、女性原告と呼んでご説明します。

2 女性原告は昭和18年に北海道で生まれました。1、2歳のころ、高熱を発しました。幸い一命は取り留めましたが、高熱による後遺症によると思われる知的障害が残りました。

33歳ころに男性原告と結婚しました。そして、女性原告が37歳のとき、念願のお子さんを身籠もりました。ご夫婦ともに妊娠を諦めかけた頃だったので、天から授かった子だと思い、ご夫婦は手を取り合って喜んだそうです。

ところが、女性原告の妊娠が親族に知られたときに、ご夫婦の人生は暗転しました。
ある親戚から「あなたは低能で子どもをうむことも育てることもできないのだから今のうちに堕ろしなさい」「もし産んでもどんな変なかたわ者が産まれるかわからない」と言われました。出産に反対したのはこの親戚だけではありません。両親からも出産を反対されました。

親戚一同から強行に中絶を迫られる中、男性原告は、子の誕生を楽しみにしている妻への申し訳ない思いに葛藤しながらも、親戚の反対に押し切られ、同意書に署名をしてしまいました。

そして、女性原告は、滝川市立病院に連れて行かれ、人工妊娠中絶手術と優生手術を受けさせられました。

提訴時の記者会見で、女性原告はその辛い体験について次のようなコメントを発表しました。

「家に帰されて,夫の顔を見たとき,もう自分たちの子どもがいないことに,がっかりしました。今考えると,病院につれていった親戚も,手術をした医者も,にくたらしいです。私は男でも女でも産みたかったです。私は私を大事にしてくれる夫との子どもを2人で一緒に育てたかったです。それなのに,せっかく妊娠していた子どもをおろされて,子どもを産めなくなりました。今でも悲しい,悔しいです。」

また、男性原告は手術に同意してしまったことについて良心の呵責に苛まれています。手術が行われた日、男性原告は、妻と子が不憫で仏具店で白木の位牌を購入して、今も供養を続けています。男性原告が述べた言葉です。

「私は、本当は妻との子どもがほしかったのです。あれから37年も過ぎてしまいましたが、今でも毎日を妻に詫びる心情で過ごし、後悔しています。今年の6月12日には子の37回忌をしました。それでも私たち夫婦の胸には生涯大きな悲しみと憎しみと虚しさが消えることはないでしょう」

このように、優生保護法は原告夫婦に消えることのない深い傷を与えました。

3 原告夫婦を傷付けた優生保護法について説明します。

優生保護法の第1条には「この法律は、優生上の見地から不良なる子孫の出生を防止する」と書かれていました。優生思想に基づくものです。
優生思想は心や身体に病気がある人や障害者を「劣った人」としました。そして、「劣った人」が子孫を残すと、民族の質が悪くなり、国が弱くなると考え、「劣った人」は子どもを産むべきではないと考えました。
優生保護法はこのような偏見や差別に基づいて作られました。そして、障害者などに身籠もった子どもを中絶したり、子どもをできなくする手術を強いてきました。

4 この法律が作られたのは1948年です。すでに日本国憲法が存在していました。
  しかし、国は日本国憲法に違反する法律を作ったと考えています。

(1) 憲法13条は個人の尊厳と幸福追求権を保障しています。これは誰もがその個性を尊重されて、幸せを求める権利を保障しているということです。どういう生き方をするかは国が決める事ではなく、その人自身が決めていいことです。
子どもを持つか、持たないかは、人間の尊厳や幸せに深く関わる事柄です。国がその人の意思を飛び越えて子どもを持ってはいけないなど干渉することは許されません。
優生保護法は人間の尊厳や幸せを求める権利を侵害するものですから、憲法13条に違反しています。

(2) 憲法24条は家族を形成する権利を保障しています。好きな人と結婚して、その夫婦の選択で子どもを持つ、持たないを決められる権利を保障しています。
どのような家族を持つのか、子どもを持つか、持たないかは、夫婦が決めることであって、国が決めることではありません。
優生保護法は家族を形成する権利を侵害しているのですから、憲法24条にも違反しています。

(3) 憲法14条は全ての個人が差別を受けない権利が保障しています。優生保護法は、人を「優れた人」と「劣った人」に分けて、「劣った人」と決めつけた人に対してだけ中絶や子どもを出来なくする手術を強いることは差別に他なりません。
したがって、憲法14条にも違反しています。

5 このように、優生保護法は憲法に違反しているにも関わらず、国は1996年に優生保護法が母体保護法に改正されるまで、優生思想に基づく中絶や不妊手術を強要してきました。
不妊手術をされた障害者などは約2万5000人にのぼり、そのうち1万6500人は本人の同意がありませんでした。また、同意があるケースでも、同意を強制されたケースが数多くありました。
国が優生保護法を作らなければ、もしくは優生保護法をすぐに廃止すれば、これほど多くの被害者が出ることはありませんでした。

国は多数の被害者に取り返しのつかない傷を与えてきました。ですから、国はせめてその過ちを認めて真摯に謝罪をして、できうる限りの被害回復を行う必要があります。
しかし、国は、国際人権規約委員会等の勧告等を受けながらも、謝罪と被害回復のための法律を作ろうとはしませんでした。

私たちはこの裁判で、国が謝罪と被害回復のための法律を作らなかったことは憲法に違反すると主張をしています。
ところが、国は、被害者は国家賠償法を用いて国を訴えることができたことを理由に、被害回復の法律を作らなくても憲法に違反しないと主張しています。
しかし、優生手術や中絶手術は、被害者から生殖機能を永久に奪い、胎児の生命を奪うもので、その人の尊厳を著しく傷付けられました。また、被害者の中には障害等によって自身で声を上げることが難しい被害者も多数含まれています。
このような被害の深刻さや被害者の特性を考慮せずに、被害者がそれぞれ国家賠償請求訴訟を提起しなければ被害回復が実現されないという主張は、被害者に不可能を強いるに等しい主張にほかなりません。
この点は、次回の裁判までに原告から反論書面を提出する予定です。

6 本年1月30日に、知的障害を理由に、優生手術を受けた60代の女性が、仙台地方裁判所に裁判を起こしました。この裁判がきっかけに、これまで声をあげることができなかった被害者が裁判に立ち上がりました。現在、全国6地裁で13人の被害者が提訴し、被害回復を求めています。

そして、マスコミの報道による被害者回復の機運は高まり、10月31日には、自民・公明両党の合同ワーキングチームが議員立法の骨子を発表しました。国会で被害回復立法の動きは出ていることは歓迎したいと思います。

しかし、中絶手術や配偶者は対象外にされるなど、内容は不十分であり、手放しで評価することはできません。

今後、国会で被害回復立法制定の動きが進むと思われますが、裁判所は議員立法の動きとは切り離して、本件を審理して頂きますようお願いします。

最後に原告夫婦がいかにこの裁判に希望を託してしているのか、原告男性の言葉を紹介して意見陳述を終えたいと思います。

「私は、優生保護法の問題についてことしの3月1日に初めて新聞報道を見て、本当に嬉しかったです。妻と私は、手術を受けてからずっとじっとしてきました。手術のことを話せませんでした。私は、新聞で取り上げられて、やっと妻を救ってもらえると思ったのです」「私は、我が子を奪われた悔しさ、悲しさを裁判で問いたいのです。全国の私たちと同じ立場に立たされている人たちはどうか勇気を持って立ち上がってほしい、私たちと一緒に闘ってほしいと思います。」


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