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 弁護士の小野寺信勝です。
 
 月刊労働組合2019年2月1日号に寄稿した「『失踪した技能実習生』調査の問題点」について、出版社の了承を得ましたので、全文をコラムとして紹介いたします。


 2018年12月8日、改正入管法が参議院本会議で可決、成立した。この改正により新たな在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」が創設されることになった。
 特定技能1号は「相当程度の技能」がある外国人に通算5年の在留を認め、家族帯同は認めらない。「熟練した技能」を有する場合は特定技能2号に移行し、家族帯同は認められ、在留資格の更新も可能とされている。
 特定技能1号の対象は技能実習修了者を想定しているため、国会審議では、外国人技能実習生の人権侵害や「失踪」に注目が集まった。技能実習生に対する深刻な人権侵害は、長時間・低賃金労働、強制帰国、暴力、性被害、差別、自死など、枚挙に暇がない。
 また、2017年に労働基準監督署が実習実施機関に監督指導した5966事業所のうち70・8%に当たる4226事業所で労働関係法規の違反が認められている。技能実習生への違法労働は常態化していると言っていいだろう。
 国会審議ではこうした技能実習生の過酷な実態が取り上げられた。野党合同ヒヤリングでは実習生本人が時給300円で働かされたりパワハラで自殺未遂をはかったこと、除染作業をさせられたなど過酷な実態を訴えた。
 また、2010〜17年までの8年間に174人が死亡し、そのうち12人が自殺したことも明らかになった。
 一方で、法務省は、技能実習生の「失踪」を強調した。
 法務省は17年中に退去強制手続きを受けた外国人のうち「実習実施者等から失踪した技能実習生」への聴取結果にもとづき「失踪技能実習生の現状」という資料を発表した。ここでは失踪の原因は「技能実習を出稼ぎ労働の機会と捉え、より高い賃金を求めて失踪するものが多数」であり、「技能実習生に対する人権侵害行為等、受入れ側の不適正な取扱いによるものが少数存在」すると報告された。つまり、法務省は技能実習生の「失踪」は利欲的な意図であり、人権侵害はごく一部のケースであることを強調したのである。
 ところが、報告の基礎資料となった聴取票には、「より高い賃金を求め」たという項目が存在せず、報告に表れた数値にも多くの誤りがあることが明らかとなった。聴取票には、「失踪動機」を回答する選択肢として、「低賃金」「低賃金(契約賃金以下)」「低賃金(最低賃金以下)」「労働時間が長い」、「暴力を受けた」「帰国を強制された」「保証金・渡航費用の回収」「実習実施後も稼働したい」「指導が厳しい」「その他」の10項目が設けられていた。


 法務省は当初、2892人から聴取した結果、2514人(86・9%)が「より高い賃金を求めて」失踪したと発表したが、実際には「低賃金」「低賃金(契約賃金以下)」「低賃金(最低賃金以下)」という回答の数の合計であり、その数も、正しくは1929人(67・2%)にとどまっていた。
 また、衆議院法務委員会の理事らが聴取票を集計した結果、「最低賃金割れが1939人(67%)、過労死ラインを越える長時間労働が292人(10%)、セクハラや暴力、いじめを受けた等受け入れ側の不適正な取り扱いによるものが7割以上」であったと発表された(立憲民主党HP)。
 これらの調査結果は、技能実習生の「失踪」には、低賃金や過重労働等の人権侵害に原因がある事例が多いことを意味する。法務省は、「失踪」の背景に深刻な人権侵害があるにも関わらず、その状況に目を向けずに事実を歪曲したのである。その姿勢には、技能実習生失踪の真相や人権問題を何とかしようという意欲がまったく感じられない。
 そもそも技能実習生の「失踪」は増加しているのだろうか。確かに失踪者数は増加している。12年には2005人だったが、年々増加し、17年には7089人にまで増加している。一方で技能実習生数も増加しており、12年には15万1482人だったのが、17年には27万4233人に達している。この間の「失踪」割合は1〜3%にとどまっており、増加傾向にはない。
韓国の外国人非熟練労働者の受入制度である雇用許可制は国際的に評価されているが、不法滞在は10%を超えている。単純比較することはできないが、技能実習生の「失踪」割合は決して多い数値ではないだろう。


 技能実習制度は、途上国への技術移転による国際貢献という名目から技能実習生の職場移転の自由が認められていない。加えて、来日前に送出機関に高額な手数料や保証金を支払い、その支払いのために多額の借金を背負っている。このような制度設計及び経済的拘束から深刻な人権侵害にあっても、その待遇を受け入れざるを得ない。「失踪」しにくい構造となっている。それでもなお「失踪」するのは、深刻な人権侵害や実習実施機関による強制帰国から逃れたケースが多い。
 技能実習生の「失踪」問題は、「失踪」の背景に人権侵害があること、そして、「失踪」できない多くの技能実習生がいることこそ考えるべきである。

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