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司法試験指導校として有名な伊藤塾の塾長・伊藤真弁護士が所長を務める「法学館憲法研究所」の「今週の一言」に、当事務所の弁護士佐藤博文のコラムが掲載されました。

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佐藤博文は、自衛隊イラク派兵差止訴訟の全国弁護団連絡会議事務局長のほか、「自衛官の人権弁護団・北海道」の団長も務めております。

佐藤は、その経験から、対テロ戦争・戦争立法の制定が企てられている中で、自衛隊員とその家族が置かれている境遇・実態をひも解きながら、集団的自衛権と戦争立法について警鐘を鳴らしています。

戦争立法が国会に上程されようとしている今、少々長いコラムですが、ぜひ、多くの方にご覧いただきたいと思います。以下に、全文を掲載します。

隊員に「遺書」を書かせ部隊で保管

2015年1月末、私は、陸自北部方面隊(札幌市)の道東の基地に所属するある自衛隊員から、「苦情処理通知書」を見せられ、驚いた。「殺す・殺される」軍隊として、遂にここまで来たのか、と。
陸自北部方面隊は、2010年より、部隊の隊員に対する「服務指導」として、「家族への手紙」という名の遺書を書かせ、それを部隊が管理した。彼の場合は、隊舎内のロッカ?への保管を命じられていた。
ずっと疑問を抱いていた彼は、昨年末に部隊から取り戻し、今年1月初め、遺書を書かせた根拠を尋ねた。その回答が今回の通知書だった。
そこには、遺書を書かせる意義を、「物心両面の準備をより具体化したものであり(略)長期の任務に急きょ就くことに備え(略)あらかじめ本人の意思を整理しておくことにより、個人の即応性を向上指させるもの」であり、「単に自己の死亡のみに準備する遺書とは全く別物」であると説明されていた。
そして、彼の遺書の返還は、「貴殿が病気休職中であり(略)任務に参加する可能性がないことを踏まえ(略)貴殿自身による保管」としたと説明する(彼以外の遺書は引き続き部隊の保管にあることを自認)。
遺書の目的は、"殉死(戦死)"への覚悟である。2010年夏、北部方面総監・千葉徳次郎陸将は、遺書を書くことは「命を賭す職務に就く軍人としての矜恃である」と訓示している。国家のために死ねという。
さらに、隊員個人のプライベ?トな問題としてではなく、「公務」として扱われていることが重要である。自衛隊では隊員の持ち物は全てチェックされる。「精強さ」が求められる隊員は「本当は行きたくない」などといったことは絶対に言えない。全て成績評価に結びつくからである。
これを、15歳や18歳で入隊する未成年者に強いている。海外で戦争をする軍隊・兵士になるということは、"公務員を雇う"主権者国民が、自分に代わって自衛隊員をこのように"働かせる"ことにほかならない。

7月1日閣議決定と自衛隊員・家族の不安

昨年7月1日の閣議決定に対して、自衛隊員や家族の多くが不安と困惑、憤りを隠さない。自衛隊員は、米軍と一体となった戦争遂行準備、泥沼の「対テロ戦争」の戦場派遣という、深刻な問題に直面している。戦争も軍隊も知らない政治家たちがリアリティのない議論をし、簡単に「専守防衛」を投げ捨て、「兵士の人権」を顧慮しないことに、深刻な危機感を抱いている。
例えば、閣議決定がなされた昨年の北海道の自衛官志願者が、前年より激減している。一般曹候補生は3044人⇒2586名(15%減。全国では10%減)、航空学生は372人⇒273人(27%減)という具合である(2014.10.1北海道新聞)。
ご承知だろうか。2004年1月、北海道の自民党・元閣僚、故箕輪登氏が「専守防衛」の立場から全国で最初に訴訟を提起したのを皮切りに、全国11地裁でイラク派兵差止訴訟が取り組まれ、2008年4月17日、名古屋高裁は平和的生存権の具体的権利性を認め、イラク派兵は憲法9条1項違反とする画期的な違憲判決を下し、同年12月自衛隊をイラクから完全撤退させた。
この判決は、自衛隊員からすると、自衛隊の「専守防衛」を確認し、イラク派兵中や今後派兵される自衛隊員や家族の「平和のうちに生きる権利」を守ったもので、多くの隊員・家族が(表には出さないが)歓迎した。
この防波堤が、今次の集団的自衛権と戦争立法で決壊の危機にさらされている。

自衛隊の海外派兵・国防軍化と自衛隊員の人権は表裏一体

実は、イラク訴訟と並行して、自衛隊員や家族が自衛隊を相手に人権侵害からの救済を求める裁判がたたかわれてきた。海自「たちかぜ」裁判は、イラク派兵が始まった2004年の事件(被害者は当時21歳)、空自浜松基地裁判は翌2005年の事件(同29歳。妻と0歳の子あり)だった(いずれもいじめ自殺)。
名古屋高裁違憲判決が出た2008年には、空自女性自衛官セクハラ事件(北海道。当時20歳)、陸自(札幌真駒内。当時20歳)と海自(広島江田島。当時25歳)で、徒手格闘訓練中の死亡事件が起きた。
特に、自衛隊員の自殺は深刻である。
イラク派兵中、在職中の自殺者は毎年約100名に上っていた。自殺する前に退職するケ?スが多いから、「暗数」は数倍にも上るだろう。
自衛隊員の自殺者のうち、アフガニスタンからイラク戦争への派兵経験者に限った統計では、第1次テロ特措法(インド洋派兵)では海自8人(延べ派兵数1362人に1人)、第2次では海自4名(同600人に1名)、イラク戦争では陸自20名(同280人に1人)、空自8名(同453人に1人)、総計40名になる。ちなみに、日本国民の自殺者は4672人に1名(2013年度)で、イラク戦争派遣の陸自隊員の自殺率は国民平均の17倍ということになる。
自衛隊は直接戦闘行為に関与していないが、これが実際に行なうようになったらどうなるか。米イラク・アフガニスタン退役軍人会(IAVA/会員27万人。全米最大)の調査結果(2013年)によれば、回答者の45%が自殺を諮った帰還兵を知っており、37%は実際に命を絶った仲間がいるという。また、米退役軍人省によると、統計を取り始めた1999年以降、2012年までに少なくとも21州(50州中)で2万7000人が自殺し、さらに3万4000人が退役軍人である可能性があるが、全容は掴めないという。
元兵士による殺人・強盗などの凶暴犯罪が多いことも周知の事実である。世界一安全だと言われる日本を、アメリカのような国にしていいのか。

軍隊の本質?人権保障と根本的に矛盾

自衛隊員は、日常生活の全てにおいて、「おう盛な闘争心をもって敵を殺傷又は捕獲する戦闘」(真駒内徒手格闘訓練死事件判決)に備えなければならず、そのため組織=上司・先輩の命令は絶対である。
自衛隊の規律は、「軍紀」と言われ、その本質は、「通常の道徳規範」とは正反対の一般社会では絶対に許されない器物の損壊、人員の殺傷などの戦争遂行行為を、自他の生命を省みることなく公然と行なわせるものである。これに従わなければ軍紀違反となり、戦前には「逃亡」は死刑をもって処せられた。
これが、自衛隊員や家族の人間としての感性や良心、価値感と矛盾・対立し、様々な問題を引き起こす。日本には、ドイツやオランダのように「兵士である前に市民である」「1人の兵士の人権を守ることは軍隊を誤らせないこと」といった民主主義国家における軍隊の基本ル?ルが確立されていない。
空自女性自衛官セクハラ訴訟で、原告が新人教育のときに渡された「職場での『躾(マナ?)』」には、以下の文章がある。
「 かつて東洋の君主国と言われたわが国は、太平洋戦争後封建制度の否定とともに古来の美風も崩壊して、それに変わるべき新しい規律は誤れる自由主義の名目の下に未だ固定化していない。(中略)昔の日本人には、環境や階級の差こそあれ厳しい礼儀作法のしきたりがあって、社会の秩序を保ち、人間関係を円滑にする上で重要な役割を果たしていた。」
日本国憲法の「個人の尊厳」「人権尊重主義」を、「誤れる自由主義」と言うのである。戦争や軍隊のリアリティを知らない政治家や自衛隊幹部と人権教育と人権保障が置き去りの自衛隊員・・日本の自衛隊はどこの国よりも制御の効かない危険な軍隊となり、隊員や家族が悲惨な状態におかれる可能性がある。
こんな政府と自衛隊に、集団的自衛権と戦争立法を与えてはならない。

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