北海道、札幌を中心とした法律事務所です。財務整理や民事事件など多様な法律問題の解決に取り組んでいます。

 

育児から学んだこと。

 育児から学んだこと。

 弁護士の安部です。
 昨年9月に生まれた長女も、早いもので1歳を過ぎました。
生後6ヶ月ころから人見知りが始まり、未だに人見知り期が継続しています。
 体力がついてきた分、人見知りしているときの泣き方、泣く時間などがパワーアップし、親子ともどもぐったりすることもしばしば。
 周りにあまり人見知りの子どもがいないのと、あまりに人見知りがひどくて外出がままならないストレスで、なぜうちばかり…と思ってしまっていたのですが、先日、この考え方を変える出来事がありました。
 それは、本州に住む夫の両親が、娘に会いに札幌まで来てくれたときのことです。
 案の定人見知りでギャン泣きし続ける娘。でも、この人達には愛想よくせねばと思ったのか、途中から、指しゃぶりなどでなんとか自分を落ち着かせ、涙をこらえようとし始めました。
 目にいっぱい涙をためながらも、泣かないようにしている娘を見ていたら、娘だって、わがままで人見知りをしている訳ではなく、娘自身もつらいんだ、頑張っているんだということが分かり、それ以来、娘の人見知りにストレスを感じなくなりました。

 法律相談をしにいらっしゃる方の中には、日々のストレスなどで心の病気を抱えていらっしゃる方が少なくありません。病気のせいで何もする気がおきなかったり、働くことが困難になっていたりするのに、なかなか周囲に理解されず、怠けていると思われたりすることもあります。
 しかし、このような方達も、なりたくて心の病気になったわけではなく、むしろ、病気を治して、普通に働いたり、生活したりしたいのです。一番つらいのは、ご本人達なのです。

 今回、娘には、大切なことを教えてもらった気がします。

 当事務所では、少しでも皆さんのお力になり、トラブルを解決できるよう、弁護士、事務局一同日々研鑽に励んでいます。
 お困りのことがありましたら、まずは相談にいらしてください。

生活保護バッシングはいじめと同根

 生活保護バッシングはいじめと同根

 弁護士の笹森学です。

◆ 私は、6月に警察に一旦逮捕されながら逃走し、追跡劇を演じて捕まったお騒がせ男の国選弁護人を担当しています。彼は札幌市から生活保護費を不正に受給したとして告訴されました。車を2台も持っていたのにそれを隠して保護を申請し、昨年9月から今年の4月までに生活保護費約96万円を受け取ったというもので、かなり大きく報道され、つい先週、詐欺罪で起訴されました。

◆ 私は彼の弁護人として記者の取材を受ける度に忸怩たる思いに駆られます。私の被告人は不正受給を認めていますから非難されることはやむを得ません。しかし、彼の事件が、生活保護バッシングに利用され、保障を求める弱い人を吊るしあげることに悪用されるように思えるからです。

◆ 生活保護受給者は6月で211万人となり今年度の予算は3兆7000億円でいずれも最大規模に上っています。同時に政府は不正受給に厳罰化で臨み適正受給を徹底するとの方針を打ち出したと報道されています。要するに、生活保護予算を削りたいということです。この結果、生活保護受給者が監視され、保護の申請が認められにくくなるという間違った道に進む危険があります。白石区姉妹餓死事件が繰り返される危険を孕んでいます。

◆ つい最近、お笑い芸人の母親が生活保護を受給していることでお笑い芸人がワイドショーなどで糾弾されました。生活保護者が多い地方自治体は地方交付税が無駄になり財政が破綻するなどと訴える地方分権主義者も現れる始末です。前者は家族に扶養できる者がいないことは保護を受ける要件ではありませんから全くの間違いですし、後者も生活保護費は全て国の予算で賄われますから、これまた全くの間違いです。不正受給者が増えているという報道もされています。しかし、この報道もデータを正しく伝えていない間違いです。(世にはびこるこのような間違った情報がどうして間違っているかを日弁連がやさしく説明したパンフを公開しています。是非お読みください!
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/seikatuhogo_qa.pdf

◆ 生活保護制度は、社会から落ちこぼれて死なないための重要なセーフティーネットで、国民が助け合う素晴らしい社会保障の制度です。憲法25条が保障しています。このような一連の生活保護者バッシングはいじめと同根で、弱い者いじめをして世の中への不満を解消する巧妙な世論操作です。このような間違いを真に受けて、間違った世の中にしないように是非注意したいものです。

弁護士会の“委員会”とは

 弁護士の川上有です。

1 弁護士会の「委員会」ってなあに?
 弁護士会には、委員会というものがあります。
 札幌弁護士会では40以上の委員会があります。何をしているかというと、弁護士会の内部の総務的なことを行う委員会もありますが、多くは社会に無数に存在する人権問題に取り組むものです。例えば、犯罪被害に遭われた方々の被害回復など様々な支援を行う(犯罪被害者支援委員会)、主として女性差別の差別問題などの人権問題に取り組む(両性の平等委員会)、民事事件に暴力団が介入することによって生じる人権問題にあたり、暴力団と直接交渉などを行う(民事介入暴力対策委員会)、子どもの人権救済などに取り組む(子どもの権利委員会)、高齢者障害者問題に取り組む(高齢者障害者支援委員会)等々。
 これらの委員会活動は、ほとんどが無償で弁護士は手弁当で活動しています。
 札幌弁護士会の会員の多くは、委員会活動に相当積極的に関わっており、全国の弁護士会(50の弁護士会があります)の中でもその活動は高い評価を受けています。
 そして、一人の弁護士は1委員会という訳にはいかず、通常2〜3の委員会に所属しているほか、人によってはプロジェクトチーム、ワーキンググループなどにも所属していたり、北海道弁護士会連合会や日本弁護士連合会の委員会活動にも従事しているという状況にあります。

2 なぜ、一生懸命にやるの?
 費用をもらわないのに、なぜそれほど一生懸命に委員会活動をするのでしょうか。
 大上段に構えていうならば、「人権擁護と社会正義の実現」という責務が弁護士にあるから(弁護士法1条)ということになります。しかし、実態としてはこのような法律上の責務があるから(しかたなく)やっているというよりも、弁護士になる人たちの多くが、このような社会に蔓延する人権問題や社会問題について高い意識を持っており、弁護士になった以上、「当然に」このような活動に参加しているということなのだと思います。少々格好をつけていうと、弁護士こそが日本の人権問題を担っているという自負が、膨大な無償行為を可能にしていると思うのです。

3 北海道合同法律事務所の弁護士の姿勢は?
 もちろん、全ての弁護士が同じように一生懸命委員会活動をするかというとそうではなく、どうしても各人の委員会活動に対する姿勢・意識・意欲によって大きく差が出てしまいます。この点、北海道合同法律事務所の弁護士は、みな本当に積極的に委員会活動をしています。
 ちなみに、委員会には委員長が置かれますが、北海道合同法律事務所の弁護士では、
長野順一 財務労務委員会・機構問題検討委員会
佐藤博文 法教育委員会
内田信也 高齢者障害者支援委員会
笹森学  心神喪失者等医療観察法に関する委員会
渡辺達生 会報委員会
川上有  地域司法対策委員会
と、6名もの弁護士が委員長を務めており、おそらく札幌弁護士会では最多数だと思いますし、三浦桂子(両性の平等委員会)、中島哲(法律相談センター運営委員会)も副委員長を務めています。

4 結構すごいことでは?
 いずれにしても、弁護士というそれなりの能力を持った人間が、これほど多くの委員会活動を無償で行っているということは、手前みそではありますが、誇って良いことだと思っています。他の法律分野の業種だけでなく、これほどの無償行為を行っている業界団体は、他に例がないのではないかと思います。先にも述べたとおり、人権問題に対する自負がなければ、これほどの活動を継続的に行うことはできないと思うのです。

5 私は?
 私はというと、地域司法対策委員会の他、刑事弁護センター運営委員会、裁判員裁判実施本部、法テラス運営等対策委員会などのほか、弁護士過疎・偏在対策ワーキンググループ(座長)、法律相談センターあり方検討プロジェクトチーム(事務局長)、北海道弁護士会連合会のすずらん基金運用検討委員会(副委員長)、すずらん基金法律事務所運営委員会、日本弁護士会連合会の刑事弁護センター委員会、えん罪原因究明第三者機関ワーキンググループなど全部で10数個の委員会等に入っています。必然的にかなり多くの時間を委員会活動に割くことになり、これまで20年近くの弁護士生活の中で、毎年200時間〜300時間を委員会活動に当ててきていると思います。
 さて、そういう私が現在最も力を入れているのが地域司法対策委員会です。
 そこでの活動については、皆さんにもぜひ知って頂きたいと思うのですが、少々長くなりそうなので、またの機会にお伝えすることにしましょう。

袴田事件で再審弁護人をしています。

 弁護士の笹森学です。
 袴田事件で再審弁護人をしています。    

◆ 私は、徳島ラジオ商殺人事件の被告人とされた富士茂子さんが人事不省に陥った時、姉妹弟が再審を引き継ぐという決起集会に参加して「再審弁護人」の仕事を知り、再審弁護人になりたくて弁護士になりました。日弁連の再審部会に所属し、これまで本道の晴山事件、栃木県の足利事件などに関わって来ました。いずれもDNA鑑定が問題となりました。その経験を買われて、現在は、袴田事件の弁護人でもあります。

◆ 1966年6月未明、静岡県清水市で放火された味噌工場から4人の刺殺焼死体が発見された。消火活動で右手を負傷し従業員の中で縁戚関係にない「遠州者」として警察に狙われた日本ランカーの元ボクサー袴田巌さんは連日十数時間に及ぶ拷問的取調べを受け、19日後に遂に自白。住居侵入・強盗殺人・現住建造物放火で起訴され、静岡地裁で死刑判決を受けました(後に最高裁で確定)。これが日弁連も再審を支援している袴田事件です(心を病む袴田氏は、姉を保佐人として第2次再審請求中です)。公判中の67年8月に味噌樽から血染めの「5点の衣類」が発見され、パジャマを着て犯行を及んだとする自白は覆され、自白調書45通中44通は証拠から排除されるも、死刑判決。控訴審で袴田さんは5点の衣類のうちズボンを着用できませんでしたが死刑は維持されました。

◆ 第2次再審では、この血染めの「5点の衣類」が2人の鑑定人によってDNA鑑定され、被害者の型はおろかあるべき所から袴田さんのDNA型も発見されないという鑑定結果が出て、死刑判決に対する疑問が高まっています。今後、鑑定人尋問が予定されていますので、皆さん注目して下さい。
(2007年、守秘義務を破り、2対1で敗れ死刑判決を書かざるを得なかった苦悩を告白した裁判官熊本典道氏をモデルに、人が人を裁くことの重さを告発した高橋伴明監督の映画「BOX袴田事件ー命とは」も公開済みです:事務所通信北の峰2010年夏号参照 http://www.hg-law.jp/kita-mine/2010sum.html#no11)。

◆ 私は、鑑定人の証人尋問ため鋭意準備中で、医学書に埋もれているところです。

内定取り消しは無効となることがあります(弁護士中島の労働事件簿7)

弁護士中島哲です。

平成24年9月4日付けの厚生労働省の報道発表資料によると、平成23年度に、北海道の某企業が19名の内定取り消しを行ったようです。

この会社にどのような事情があったかは知りませんが、内定取り消しは無制限に許されるわけではなく、一定の場合には、内定取り消しが無効となることもありますし、恣意的な内定取り消しは損害賠償の対象となることもあります。

もしそのような事態に遭遇したら、ぜひ一度ご相談下さい。

おせんべいを食べながら ー 弁護士も仕事と家庭の両立を大切に

 おせんべいを食べながら
   ー 弁護士も仕事と家庭の両立を大切に

 弁護士の三浦桂子です。
 私は、日弁連の男女共同参画推進本部の委員をしており、先日、札幌で釧路・函館・旭川・札幌の弁護士が集まり意見交換しました。

 多くの女性弁護士が求めているのは、育児期間中も弁護士の仕事を続けながら、出産後1年くらいはゆっくりペースで仕事をしたり、育児休暇をとれるようにしたいという点です。
 また、弁護士会の会議の多くは夜に開催されていますが、育児中の女性弁護士も参加して意見を出しやすいように、保育園に子供を預けている昼間の時間帯にする工夫も必要です。

 当日は、気兼ねなくおしゃべりできるように、お茶菓子(私の大好きな小樽「みどり屋」のおせんべい)を用意しました。遠方から参加された男性弁護士は、「男女共同参画」と聞くと固いイメージと思っていたが、和やかな雰囲気で安心した、地元でも色々考えていきたいと感想を述べていました。

 何よりの収穫は、男性・女性を問わず弁護士会全体で出産育児をしながら働く弁護士に優しい目を持つことが確認されたことでした。

「18歳から考えるワークルール」

弁護士中島哲です。

共著ですが、労働法の本を出版します。
「18歳から考えるワークルール」という題名で、
今月末に法律文化社から出版になります。

大学新入生向けに、労働法の基礎を解説する本になっていますので、一般の方でもわかりやすい内容になっているかと思います。

ぜひ、機会があればお手にとってお読み下さい。

お盆がくると思い出すこと。

お盆がくると思い出すこと。

弁護士の安部です。

 お盆の時期になると、数年前に他界した母方の祖父のことを思い出します。
 大正10年生まれの祖父は、戦争経験者でした。
 生前は、よく、第二次世界大戦中に、航空隊として徴兵されてジャワ島に行かされていた話を聞きました。
 ジャワ島で祖父の所属していた部隊では、戦闘機に乗る時は、軍服の胸ポケットにお気に入りの香水の小瓶を入れておき、戦闘で亡くなってしまったら、胸ポケットの香水をかけてあげることになっていたそうです。
 この話を聞くと、若者達が、日常的に常に「死」を意識していたことが分かります。

祖父の妻である祖母は、今月84歳になりますが、とても元気で、札幌で暮らしています。
昭和3年生まれの祖母もまた、戦争経験者で、当時は豊川にある海軍工廠(こうしょう)で働いていました。
海軍工廠とは、戦争に用いる機銃や弾丸、信管を製造する工場で、豊川海軍工廠は、東洋一の規模だったそうです。
 今回このコラムを書くにあたり、ネットで豊川海軍工廠について調べたところ、工廠が壊滅した昭和20年8月7日の爆撃の際に、空襲警報や総員退避命令が出たかどうかが議論になっているとあったので、祖母に聞いてみたところ、「退避命令出たよ。まあ、おえらいさんがみんな逃げちゃった後だけどね。」とのこと。祖母の言うのが、上述の爆撃のときのことなのか、別の爆撃のときのことなのかは定かではありませんが。
 また、祖母が言うには、豊川海軍工廠にあった防空壕には屋根がなく、単に地面を掘っただけなので、空襲で防空壕に避難している間は、空で戦闘機が撃ち合うのが見えたり、近くに爆弾が投下され、土砂などが頭の上に降ってきて、生きた心地がしなかったそうです。
 空襲のさなかに工廠から帰るときなどは、いつ爆撃されるか分からない恐怖の中、空の様子を見ながら走ったことなど、今でもたまに話してくれます。
以前、祖母と一緒に豊川にある豊川稲荷に行ったとき、戦争の慰霊碑のところで、祖母は、そこに刻まれた名前のいくつかを指さし、「この子は友達だった。」、「この子とは仲良しだった。」と言い、最後に、「みんな戦争で死んじゃった。」とつぶやいていました。

 祖父は、最後まで戦争のことを覚えていましたし、祖母も、今でも生々しい戦争の記憶があるようです。
 祖父母の話を思い出すたび、悲惨な結果しか生み出さない戦争などというものが二度と起こらないようにと願わずにはいられません。
 世界平和を祈念しつつ、今年のお盆を過ごそうと思います。

「命の雫」裁判〜北海道における自衛官人権裁判〜

山田です。

私が弁護団の一員として取り組んでいる「命の雫」裁判の現状をご報告します。

1 「命の雫」裁判とは
 平成18年11月21日、当時20歳だった沖縄出身の自衛官亡島袋英吉君が、初任地として赴任した陸上自衛隊真駒内基地内で、徒手格闘訓練中に死亡したことについて、国の責任を問う裁判です。
 遺族は、なぜ希望に溢れていた息子が命を落としたのかを明らかにするべく、英吉君の生涯の軌跡を『命の雫』(文芸社)と題する書籍にまとめ、出版しました。「命の雫」裁判は、この書籍の題名から名付けられました。

2 本裁判の争点
 本裁判の争点は、大きくは次の2点です。
(1) 命の危険性が極めて高い徒手格闘訓練において、英吉君は、十分な受け身の訓練を受けず、攻撃から身を守る方法を知らないまま、繰り返し投げ技や当て身技を受けて死亡した点につき、訓練に関与した当事者らに、安全配慮義務違反が認められるか
 なお、関与当事者らを不起訴とした刑事処分については、検察審査会が「不起訴不当」の議決を下しています。
(2) 英吉君の遺体に、致命傷となった脳損傷のみならず、肋骨骨折や肝臓損傷等の訓練によるものとは思えない外傷が多数みられた点について、訓練に関与した当事者らが、訓練とは名ばかりの「暴行」を加えて死亡させたのではないか

3 弁護団は、上記争点について、関与当事者(自衛官3名)に加え、医師や格闘家らを証人として尋問すること等により、国の責任を立証したいと思います。
 裁判は、いよいよ、証人尋問を控え、山場を迎えています。
 札幌で起こした本裁判は、遠く離れた英吉君の故郷である沖縄でも、本裁判を支援する会が結成され、多くの方々に注目していただいています。
 前回の裁判期日においては、全国から寄せられた公正な裁判を求める旨の3300筆を超える署名を裁判所に提出しました。

4 次回期日は、10月15日(月)午前10時30分〜です。
 次回期日では、証人尋問に向けて具体的な準備を進めることになると思われます。

 興味のある方は、是非、傍聴にいらして下さい。

カルテに思うこと

 カルテに思うこと

 弁護士の香川志野です。
 弁護士の業務の中で、お医者さんが書くカルテ(医療記録)を見る機会は多くあります。医療過誤が問題となるケースではもちろん、交通事故や暴行などで傷害を負い損害賠償請求をするケースなど、様々な場面で登場します。日本語で書かれているだけでもありがたいとは思うのですが、専門用語が飛び交い、おまけに達筆なこともあって、読み解くのはなかなか大変です。
 さて、私がカルテを多く目にするのが、B型肝炎訴訟です。私は北海道弁護団の一員として、現在、数十名の原告・提訴希望者の担当をしています。平成23年6月28日に成立した「基本合意」(H24.6.28のコラムもご覧ください)の中に、和解のための条件が定められており、原告は、過去の治療期間中のカルテを提出することになっています。全ての治療期間ではなく、例えば持続感染判明時から1年間とか、入院中のカルテというように限られた部分しか提出しないのですが、それでも、私の元に届く記録の量に愕然とすることがあります。1回の通院について、お医者さんが記録するのはわずか数行のことも多いですし、1ページに何回分もの検査結果が貼り付けられていることもあります。それでも、こんなに厚い記録になってしまうなんて…。記録には現れない毎日の中にも、どれほどの苦しみがあったのか、想像を絶するものがあります。和解ができても苦しみが消えるわけではありませんが、救済される人が少しでも増えて欲しいですし、私にも何かお手伝いができたら…。そのようなことを思いながら、カルテのページをめくっています。