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弁護士の安部です。

3月まであと1ヶ月ちょっととなりました。
3月は卒業式のシーズンですが、卒業式といえば、私は、中学校の卒業式が一番記憶に残っています。

【小学校の頃】
中学校の卒業式の話をする前に、少し、小学生の頃の話をさせて頂きます。

小学生の頃、同じ学年に知的障害をもつ男の子(仮にP君とします。)がいました。養護学級などはない小学校だったので、P君は、私達と同じ教室で学んでいました。
しかし、授業についていけなくて面白くないのか、授業中、P君は校舎内や校庭を1人でうろうろしていることが多く、先生達もそれを黙認していました。
小学生だった私は、授業を受けずに自由にできるP君をうらやましいと思ったこともありましたが、今思うと、P君は、本当は私達と一緒に教室で勉強をしたかったのではないでしょうか。
というのも、体育や図工、音楽など、P君でも参加できる科目の授業は、P君はとても楽しそうに出席していましたし、休み時間なども、P君はとても明るく、楽しそうだったからです。しかし、そんなP君が、1人で校舎内をうろついているときは、驚くほど無表情になるのです。
できるなら、学校側が、算数などの時間にもP君が教室にいられるように、P君でもできる問題を特別に与えるなどして、P君がみんなと一緒に勉強できる環境を整えてあげるべきだったのでしょうが、当時、そのような配慮はありませんでした。
P君が、毎日どんな思いで学校に来ていたのか、今では知る術もありません。

【中学校進学】
その後、P君と私は同じ中学校に進学しました。
中学校でも養護学級などはなかったので、P君は普通のクラスで生活していました。
小学校が2クラスしかなかったのに対し、中学校は1学年で約20クラスという、いわゆるマンモス校だったため、中学に進学してからは、P君と会うことも、P君の噂を聞くこともなくなりました。
ごくたまに、登下校時、遠くに1人で歩くP君を見かけることはありましたが。
そんな状態だったため、中学校を卒業するころには、私は、P君のことを思い出すこともあまりなくなってしまっていました。

【卒業式】
そして、中学校の卒業式の日。
校長先生の挨拶になったとき、ふいに校長先生が、「P君は毎朝、誰よりも早く学校に来て、職員玄関で先生達全員にスリッパを出し、そして、先生達の靴を下駄箱にしまってくれました。P君は、毎朝、笑顔で、元気な声で挨拶もしてくれるので、先生達は毎日を気持ちよく過ごすことができました。ありがとう。」とP君を名指しで誉めたのです。
それまでの学校生活で、私の知る限りでは、P君が全校生徒の前で誉められたことはありませんでした。そんなP君や、P君のご両親にとって、卒業式という晴れ舞台でのこの校長先生の言葉は、どんなにかうれしい出来事だったでしょう。
この日、校長先生が名指しで誉めたのはP君だけでした。

今なら、このようなことをすれば、えこひいきだなどと言って怒られてしまうこともあるかもしれません。
ですが、私はこの校長先生のはからいは、とても素敵だったと思っています。
P君にとって、学校生活が楽しいものであったかどうかは私には分かりませんが、少なくとも、この卒業式は、P君にとって誇らしい思い出になったのではないでしょうか。

子を持つ親になった今、全ての子ども達にとって、学校生活が心から楽しいものになるように願わずにはいられません。
子ども達が毎日笑顔で過ごせるよう、私達大人が頑張っていきたいと改めて思っています。

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