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弁護士の笹森学です。

◆2013年10月7日午後4時、札幌地裁刑事3部の加藤学裁判長が「被告人は無罪」と宣告し、法廷の全員が一瞬「ほう」という顔つきになりました。傍聴に来ていた私の担当の事務職員も「あらっ!」という感じで私を見やり、破顔しました。この事件をフォローしていなかった報道陣は色めき立ちました。道内で初めて裁判員裁判での無罪判決だったからです。
皆さんも翌日の朝刊で「正当防衛で無罪 裁判員裁判で道内初」などの新聞記事をご覧になった方もおられると思います。


◆事件は2012年9月に札幌近郊の市のとある家庭で発生しました。精神的な病を悪化させていた弟から突然殴りかかられた兄の被告人が、自分の身を守ろうと暴れる弟の背中に馬乗りになり、首の後ろを強く押えたために顔を床に押し付けられた弟が窒息死した、として傷害致死罪で起訴されました。捜査段階から菅野亮弁護士が被疑者国選弁護人として付いており、私は起訴後に国選弁護人として選任され、菅野弁護士と協力して弁護に当たって来ました。被告人宅は両親との4人暮らしでしたが、事件当時は両親は外出し目撃者はおりません。弁護人は正当防衛が成立すると争いましたが、検察官は、起訴している事実は被害者が身動きしなくなった後も10分間首の後ろを押さえつけていた事実である、この事実によれば被害者の攻撃はないので正当防衛が成立する余地はない、と主張していました。


◆当然、被告人が被害者が身動きしなくなった後も10分間首の後ろを押さえつけていた事実があるかどうかが争いになりました。
被告人は、被害者の力が抜けた後は直ぐ手を離した、身動きなくなってから10分間も押さえ続けたことはない、と訴えていました。検察官は、被告人は起訴前の取り調べではそうだと自白しており、その自白は信用できる、その証拠として取り調べの様子を録画したDVDを提出して来ました。裁判所はそのDVDを証拠として採用、裁判の場で上映しました。傍聴人を含め、裁判員という普通の人々の前に生の取り調べの様子が白日のもとに晒されました。
私たち弁護人はこのDVDこそが無罪の証拠である、と訴えました。「ビデオを見て、どう思ったでしょうか?この人はホントは時間なんか覚えていないのではないか?最初言っていたことがホントではないか?もっとゆっくり聞いてあげたらどうか?結局わけが分からない、真実は分からないのではないか?などと思わなかったでしょうか?皆さまにそのような感覚があれば、その感覚を大切にして、被告人のことをよく考えてあげてほしい、と思ってやみません。」と。


◆DVDには、よく思い出せなくて困惑し、混乱している被告人の様子が如実に映し出されていました。「いやァ・・・どうだったかなァ」「動かなくなったので直ぐに手を離したのは覚えてるんですけど」「興奮していたのでずっと押さえていたかも知れない」「いや、興奮してたかなァ?」「最後の10分間のことを思い出して下さいってことですよね」など揺れ動く被告人に検察官も手を焼き、「そういうことなら警察で話したこととはどうなんだってことになってしまう」「整理するとね・・・で、・・・があるかないかということなんだ」「今のあなたの記憶でマックスの所を聞きたい」などと懸命に路線を戻そうとやっきになり、ついに「今言ったことがマックスということで聞いておいていいね」と話をまとめてしまった経緯が明らかでした。私たち弁護人は、裁判員の人も絶対に分かってくれると信じてやみませんでした。


◆裁判員の判決は、その揺れ動いて記憶が曖昧だと受け取れるシーンを指摘して、「被害者が死亡するに至るには被告人がどのような行動をどの程度の時間行ったかを被告人なりにつじつまを合うように考えて供述したために供述の変遷を繰り返した可能性が高く、(検察官調書は)信用できない」として、被害者が身動きしなくなってから10分間押さえ続けたという自白調書は信用できないと断じたのです。そして、それ以前の反撃は正当防衛と認められるとして無罪を言い渡しました。


◆被告人は捜査終了後に精神鑑定を受け、知的能力に劣る人であるとの判断を受けていました。私たちは繰り返し質問し、粘り強く本人の話を聞き、真実に近づこうと努力しました。菅野弁護士は最終弁論で「私は捜査段階から弁護人として就いていましたが、彼の能力に気づきませんでした。適切な助言ができていなかったかも知れません」と自己批判していましたが、捜査段階の自白を死守しようとした検察官の姿勢と比較して、立派な態度だったと思いました。ただし、判決は被告人の能力を問題とせず、いずれにしても記憶があったか疑わしいと判断したものでした。


◆裁判員が取り調べのDVDを見て自白の信用性を否定したこの判決に、さて検察官は控訴するでしょうか?

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