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弁護士の笹森学です。
袴田事件で再審弁護人をしています。

◆ 私は、徳島ラジオ商殺人事件の被告人とされた富士茂子さんが人事不省に陥った時、姉妹弟が再審を引き継ぐという決起集会に参加して「再審弁護人」の仕事を知り、再審弁護人になりたくて弁護士になりました。日弁連の再審部会に所属し、これまで本道の晴山事件、栃木県の足利事件などに関わって来ました。いずれもDNA鑑定が問題となりました。その経験を買われて、現在は、袴田事件の弁護人でもあります。

◆ 1966年6月未明、静岡県清水市で放火された味噌工場から4人の刺殺焼死体が発見された。消火活動で右手を負傷し従業員の中で縁戚関係にない「遠州者」として警察に狙われた日本ランカーの元ボクサー袴田巌さんは連日十数時間に及ぶ拷問的取調べを受け、19日後に遂に自白。住居侵入・強盗殺人・現住建造物放火で起訴され、静岡地裁で死刑判決を受けました(後に最高裁で確定)。これが日弁連も再審を支援している袴田事件です(心を病む袴田氏は、姉を保佐人として第2次再審請求中です)。公判中の67年8月に味噌樽から血染めの「5点の衣類」が発見され、パジャマを着て犯行を及んだとする自白は覆され、自白調書45通中44通は証拠から排除されるも、死刑判決。控訴審で袴田さんは5点の衣類のうちズボンを着用できませんでしたが死刑は維持されました。

◆ 第2次再審では、この血染めの「5点の衣類」が2人の鑑定人によってDNA鑑定され、被害者の型はおろかあるべき所から袴田さんのDNA型も発見されないという鑑定結果が出て、死刑判決に対する疑問が高まっています。今後、鑑定人尋問が予定されていますので、皆さん注目して下さい。
(2007年、守秘義務を破り、2対1で敗れ死刑判決を書かざるを得なかった苦悩を告白した裁判官熊本典道氏をモデルに、人が人を裁くことの重さを告発した高橋伴明監督の映画「BOX袴田事件ー命とは」も公開済みです:事務所通信北の峰2010年夏号参照 http://www.hg-law.jp/kita-mine/2010sum.html#no11)。

◆ 私は、鑑定人の証人尋問ため鋭意準備中で、医学書に埋もれているところです。

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